僕は、ちょっと変わった子に惹かれる。まっすぐなのに少しだけズレている、会話のテンポや視線の置き方に独特の間合いがある。映画でも、そういうヒロインに弱い。
善悪ではなく体温。完璧さではなく、揺れや癖。彼女たちが画面に現れると、物語の光の向きが変わる。声の高さ、言葉の選び方、沈黙の「間」。そのささいな差分に、僕は心を掴まれる。
ここに並べるのは、そんな“すこしズレていて、まっすぐ”なヒロインが胸に残る5本。恋の甘さだけでなく、自分を映す鏡としての恋まで含めて、今日の気分で選べるラインナップだ。
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(500)日のサマー(2009)
最初の高揚と、あとに残る現実。肌に触れる夏の熱気が、時系列の行き来で少しずつ冷めていく。語りは前後し、甘かった日々と痛い現在が交互にやってくる。期待と現実を左右に並べる名シーンは有名で、視線の温度差が胸に刺さる。
“想いが通じること”と“長く続くこと”は別だ。相手を理想化しないこと。自分の物語を自分で閉じること。観終わると、通り抜ける風の音が静かにそれを伝えてくる。
あらすじ(ネタバレなし):グリーティングカード会社で働く建築家志望のトムは、新入社員サマーに恋をする。二人は屋上の雑談やカラオケ、IKEAデートなど小さな出来事を重ねるが、恋愛観は微妙にずれたまま。映画は「1日目〜500日」を非線形に往復し、甘い瞬間の直後に痛い現実が差し込む。トムは妹や友人の助言を受けつつ、サマーを理想像から切り離し、自分の仕事と生き方を見つめ直していく。フェアな視点で“すれ違い”を描く、等身大の成長譚。
ヒロインサマー・フィンはズーイー・デシャネル。涼しい声と、感情の揺れを表に出さない眼差しが体温を残す。監督はマーク・ウェブ。製作費約$7.5Mで世界興収約$60.7Mのスリーパー・ヒット。ゴールデングローブ2部門ノミネート(作品〈ミュージカル/コメディ〉、主演男優)、インディペンデント・スピリット賞 脚本賞、サテライト賞 脚本賞受賞
監督:マーク・ウェブ。MV出身の切り取りが冴え、レジーナ・スペクターやザ・スミスの曲が印象を深める。
マジェスティック(2001/ジム・キャリー)
朝の斜光が小さな町の映画館に差し込み、舞う埃が金色に見える。記憶を失った脚本家が、人と映画に触れながら自分を取り戻していく再生の物語。恋は主題の一部だけれど、椅子の軋みやポップコーンの甘い匂いまで描く、“映画が人をつなぐ力”が温かい。
笑いを抑えたジム・キャリーの誠実な表情が沁みる。クラシカルな手触りの、まっすぐな優しさに浸りたい日に。
あらすじ(ネタバレなし):1950年代、赤狩りの余波で窮地に立つ脚本家ピーターは事故で海へ転落し、記憶を失って海辺の町ローソンに流れ着く。彼は戦死とされた若者ルークに生き写しで、町は帰還を祝福。閉館していた映画館「マジェスティック」の再建を手伝いながら、アデルや住民との交流で新しい自分を形作っていく。やがて過去の影が差し込み、ピーターは"何を選ぶ人間か”を試される。
ヒロインアデル・スタントンはローリー・ホールデン。監督はフランク・ダラボン、脚本マイケル・スローン。1950年代のハリウッド・ブラックリストを背景に、映画館「ザ・マジェスティック」の再生と住民の連帯を描く。音楽はマーク・アイシャム。
監督:フランク・ダラボン。往年のハリウッドへの敬意が隅々に漂う。
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イエスマン “YES”は人生のパスワード(2008)
夜の街のネオンが背中を軽く押す。何にでも“YES”と言う極端なルールで、凝り固まった日常がほぐれていく自己更新コメディ。恋の要素はあるけれど、軸は“自分の殻を割ること”。
テンポの良い会話が耳にさらりと残り、観終わると玄関の靴紐をさっと結び直したくなる。深刻さより勢いで前を向きたい時に効く一本。
あらすじ(ネタバレなし):離婚を引きずり、友人の誘いも断りがちな銀行員カール。ある夜“何でもYESと言え”というセミナーで極端な誓約を交わし、翌日から小さな選択すべてにYESを重ねていく。ローン審査の柔軟さで仕事は好転、韓国語やギター、スカイダイビングまで世界が広がる。自由奔放なアリソンと出会い、勢いで踏み出す楽しさを知る一方で、境界線や誠実さについても学んでいく。
ヒロインアリソンはズーイー・デシャネル。彼女が率いる劇中バンドMunchausen by Proxyの楽曲が物語の軽やかさを支える。監督ペイトン・リード。世界興収約$223Mのヒットで、MTVムービー・アワードではジム・キャリーが最優秀コメディ演技賞を受賞。
監督:ペイトン・リード。原作はダニー・ウォレスの実体験エッセイ。
バニラ・スカイ(2001)
ガラス越しの朝日が冷たく眩しい。成功者の主人公が、恋と事故をきっかけに現実と夢の境目を見失っていく。ロマンティックな出会いのまばゆさと、自己認識が崩れる恐怖が同居する不思議な余韻。
これは“恋そのもの”というより、“恋を鏡にした自分探し”。音楽の使い方が心拍を導き、最後の呼吸の長さで余韻が決まる。
あらすじ(ネタバレなし):ニューヨークの出版社を継いだ若き富豪デヴィッドは、友人の連れてきたソフィアに一目で惹かれる。だが嫉妬に囚われた元恋人ジュリーの暴走で大事故が起こり、以後、彼の世界はヒビだらけに。顔の傷、マスク、悪夢のような映像、人の記憶に介入する示唆——現実と夢の境界が溶け、デヴィッドは自分の過去と選択の真意に向き合わざるを得なくなる。
ヒロインソフィアはペネロペ・クルス(『オープン・ユア・アイズ』に続き同役系で再登場)。もう一人の鍵となる女性ジュリーをキャメロン・ディアスが演じ、ゴールデングローブ助演女優賞にノミネート。主題歌“Vanilla Sky”(ポール・マッカートニー)はアカデミー歌曲賞ノミネート。監督はキャメロン・クロウ。
監督:キャメロン・クロウ。『オープン・ユア・アイズ』の英語版リメイク。
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エターナル・サンシャイン(2004)
記憶の雪が、足元で静かに解ける。別れの痛みを消すため“記憶消去”に踏み出した二人が、忘却の旅の途中で“消したくない気持ち”に触れてしまう物語。ほとんどが彼の記憶世界で進み、楽しかった日ほど深く隠れている構成が切ない。
派手なCGより現場の工夫で“夢の手ざわり”を作る映像がやさしい。結局のところ、恋は痛みごと抱え直す選択なのかもしれない…という成熟した問いが残る。
あらすじ(ネタバレなし):静かな男ジョエルは、ある朝の通勤で衝動的に海辺へ向かい、自由奔放な女性クレメンタインと再会する。のちに二人は別れ、彼女が記憶消去クリニック〈ラキューナ〉でジョエルの記憶を消したと知る。傷ついたジョエルも同じ処置を受けるが、消去の最中、記憶の中のクレメンタインと共謀して思い出を隠す試みを始める。忘却と保存の狭間で、二人の関係の核が浮かび上がってくる。
ヒロインクレメンタインはケイト・ウィンスレット。彼女の大胆な色彩と衝動が、ジョエル(ジム・キャリー)の内面を照らす。脚本はチャーリー・カウフマン、監督ミシェル・ゴンドリー。アカデミー脚本賞受賞、ウィンスレットが主演女優賞ノミネート、AFI Top10 of 2004 選出。
監督:ミシェル・ゴンドリー/脚本:チャーリー・カウフマン/音楽:ジョン・ブライオン。
気分別 “今日の1本”
- ビターで現実的に背中を押されたい → 『(500)日のサマー』
- しっとり温かい人間ドラマを → 『マジェスティック』
- 軽く元気をチャージしたい → 『イエスマン』
- 夢と現実の狭間で揺れたい → 『バニラ・スカイ』
- 切なさとやさしさをゆっくり味わいたい → 『エターナル・サンシャイン』
まとめ
総じて、僕はヒロインが魅力的な映画が好きだ。声の高さ、視線の揺れ、手の置き場。そこに物語の熱が宿る。5本とも、観終わった部屋の静けさが心地よい。カーテンの隙間の光が薄く伸び、机に居場所ができる。
今日はどれか一つでいい。その一歩で、明日の気分は静かに変わる。









