EOS R5は間違いなく名機だ。AF性能も描写も素晴らしく、写真も動画もこなせる万能選手。僕自身、日々の撮影で大きな不満はなく、「これで十分じゃないか」と思っていた。
…それでも、なぜか心のどこかで中判の世界が気になっていた。特に、FUJIFILM GFX100IIの存在は、じわじわと僕の中に「次の一手」として浮かび上がってきた。
この記事では、なぜ僕がGFX100IIを意識するようになったのか、その背景と迷い、そして期待について綴っていこうと思う。
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R5で感じる“わずかな物足りなさ”
EOS R5は間違いなく完成度の高いカメラだ。僕の主な撮影対象である静物やテーブルフォト、ポートレートでは、AFの速さも解像感も申し分なく、使っていて大きな不満を感じることはほとんどない。
実際、これまでの仕事でもプライベートでも多くのシーンをR5で撮ってきたし、「これ以上の機材なんて必要ないんじゃないか」と思うこともあった。
けれど、そんな中でもふとした瞬間に感じるのが、黒の階調の詰まりだった。特に、光の少ない環境で撮った写真を現像しているとき、暗部の中に「もう少し見えるはずの情報」が隠れている気がしてならない。
階調が一段飛んでしまったような、黒がベタッと塗りつぶされてしまったような——そんな感覚を覚える場面が、少しずつ、でも確実に増えてきたのだ。
これはR5の問題というより、「フルサイズというフォーマットの限界」として現れているのかもしれない。もちろん、露出を追い込んで撮ればある程度は回避できるし、ノイズ処理やトーンカーブの調整でもある程度カバーはできる。
でも、そのひと手間が“当たり前”になってしまっている現状に、少しだけ疑問が湧いてきた。
「撮ったままの画像で、もう一段上の余裕を感じられたら――」
そんな風に思うようになったのは、R5に飽きたからではない。むしろ満足しているからこそ、「その先にあるかもしれない可能性」に自然と目が向いてしまったのだ。
GFX100IIが気になる理由:スペックだけじゃない
GFX100IIには、スペック表だけでは語りきれない“惹かれる理由”がある。
もちろん、1億200万画素という超高解像度や、中判センサーならではの広大なダイナミックレンジ(公式には15ストップ以上)といった数字は、十分すぎるほど魅力的だ。けれど、僕が最も惹かれているのは、その数字の裏にある「画の表情」だ。
EOS R5との比較で、見た目の違いが極端に劇的というわけではない。けれど、GFXの出す画には、一段深い“奥行き”と“柔らかさ”があると感じている。グレーから黒へのトーンの移り変わりが滑らかで、同じような条件で撮っても、空気感がもう一歩だけ深く描かれる——そんな期待を抱いてしまう。これはセンサーサイズがもたらす「面積の余裕」とも言えるし、「余白のある画作り」と言い換えてもいいかもしれない。
それに、EFマウント資産を活かせるという点も見逃せない。アダプターは必須になるけれど、手持ちのLレンズたちを“中判画質”で試せるというのは、金銭的にも心理的にも非常に大きい。
単に「新しいシステムに移行する」のではなく、「これまでの道具を別の視点で活かす」という転換にもなり得るのだ。
また、GFX100IIは中判機でありながら、連写性能やAFも着実に進化していて、「中判は遅い・重い」というこれまでのイメージを塗り替える存在でもある。
スペック的にも、表現的にも、そして精神的にも——このカメラは、僕の撮影スタイルに“新しい刺激”をくれそうな気がしてならない。
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試せない環境:三重県の壁
GFX100IIのような高級機を「買う前に一度触ってみたい」と思うのは、きっと僕だけではないだろう。でも、それが三重県ではほとんど不可能に近いという現実がある。
大都市圏であれば、富士フイルムのタッチ&トライイベントや、専門店の常設展示が当たり前のように存在する。実機に触れ、その場でシャッターを切り、感触を確かめられる環境がある。
でも、ここ三重ではそうはいかない。GFX100IIに関して言えば、店頭で見られる場所すら極端に限られているのが現状だ。
実際、カメラのキタムラ四日市店に問い合わせたところ、「本体の展示はある」とのことだった。けれど、レンズはなく、装着できないため、撮影どころかファインダーを覗くことすらできない。
まるでショーケース越しに恋人を眺めるようなもどかしさ。そこに「一歩踏み出せない」理由が加わると、決断は鈍る。
つまり、地方で中判カメラを買うというのは、文字通り“見ないで買う”という賭けのようなものなのだ。
これだけの金額を支払うにも関わらず、感触も、操作感も、シャッター音すらも事前に知ることができない——この状況は、地味どころか相当に大きなストレスだと感じている。
実機を“試せない”というのは、購入への心理的ハードルを何倍にも高くしてしまう。写真や機材に対する熱量がなければ、とてもじゃないが踏み切れない。
でも、そのハードルを越えてでも「欲しい」と思わせる魅力が、GFX100IIにはある——そう感じてしまっている自分がいる。
レンタル?FPS?試すにもハードルがある
「試してから買いたい」というのは、誰もが思うことだと思う。けれどGFX100IIクラスの機材になると、その“試す”という行為自体が、すでにハードルの塊だ。
選択肢はおおよそ2つに絞られる。
まずはレンタル。たとえばプロ向けのレンタルサービスを利用すれば、GFX100II本体と標準レンズのセットを借りることができる。けれど、わずか数日間のレンタルでも平気で数万円が飛ぶ。これでは「ちょっと試したい」という温度感ではとても手が出せない。週末に軽く使ってみる……というレベルではなく、もはや“短期所有”と言った方が正しい。
次に考えられるのが、富士フイルム公式のFPS(FUJIFILM Professional Service)を利用する方法。会員であれば製品レンタルが割安で使えたり、サポートが手厚くなったりと利点は多い。けれど、このサービスには“審査”がある。 そして、その審査に落ちることもあるというのがまた厄介だ。
たとえば、「今はまだ富士フイルムのカメラを持っていないけれど、GFXシリーズに興味があって入りたい」という人にとって、FPSの審査ハードルはとても高い。実際、富士フイルム製品の購入履歴や使用歴が重視されるケースもあると聞く。つまり、GFXを買いたいからFPSに入りたい、というロジックが通用しないこともあるのだ。
結果として、「試すには時間もお金も、そして場合によっては“運”も必要になる」——それが中判カメラの現実だと、改めて痛感している。高い機材だからこそ、慎重に選びたい。でも慎重になるほどに、実物に触れる機会が遠のく。そんなジレンマの中で、今まさに葛藤している。
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他社製品とも比較したけれど
当然、GFX100IIだけが唯一無二の選択肢というわけではない。市場には魅力的な高性能カメラが数多く存在する。
たとえば、CanonのEOS R5C。動画機としての完成度が高く、Cinema EOS譲りの機能が詰め込まれている。Sony α7R VはAIによる被写体認識や手ブレ補正において最先端を走っており、静止画でも動画でも優秀だ。Nikon Z9は、シャッターレス機構や圧巻の連写性能など、まさにフラッグシップの名にふさわしい。そしてもちろん、Hasselblad X2Dのような中判カメラも存在する。Hasselbladらしい絵作りと物としての美しさは、写真好きなら誰もが一度は憧れる存在だ。
でも——。
僕が求めていたのは、「写真も動画もやる。なおかつ、色と階調に一切の妥協をしたくない。」という条件を満たしてくれるカメラだった。解像度やフレームレート、ビット深度といったスペックの高さも重要だけど、それ以上に「作品にどれだけ向き合えるか」が判断基準になってきた。
そうやって一つひとつの選択肢を絞っていくと、最終的にGFX100IIが最も現実的かつ納得感のある機種として浮かび上がってきた。
特に大きかったのは、既存のEFレンズ資産がそのまま活かせるという点。中判ミラーレスでEFレンズが使えるなんて、以前なら考えもしなかった。アダプター経由とはいえ、自分が今まで培ってきた機材の延長線上に「中判表現」が加わるというのは、心理的にも経済的にもハードルをグッと下げてくれる。これが「新しくフルセットを組む」のとでは、まったく意味が違う。
機材を切り替えるということは、単にスペックを上げることではない。今ある環境に、どれだけ“深み”を足せるか。GFX100IIは、その「深み」を最も現実的なコストで、かつ高いクオリティで提供してくれそうな、数少ない選択肢だった。
まとめ:買い替えではなく“追加”という選択
GFX100IIに惹かれているのは、単にEOS R5から乗り換えたいからではない。むしろ、R5を手放すつもりはまったくない。R5は、動体を追うときやフットワークを重視した撮影には今でも最適な相棒だ。レスポンスの良さ、軽さ、バランスの取れた機能性——これはこれで、現場で即応するには最高のカメラだと思っている。
だけど、それとは別のベクトルで、「静物やポートレート、そして“写真に向き合う時間そのもの”を楽しみたい」という気持ちがある。そうした被写体には、GFX100IIのような“沈み込むような階調の豊かさ”や、“一呼吸置いてからシャッターを切る”ような撮影体験がしっくりくる。
GFX100IIは、僕にとっては“もうひとつの武器”という位置づけだ。状況に応じて使い分ける二刀流のうちの一本。それも、作品の完成度を一段引き上げてくれるであろう重厚な存在。
もちろん、価格は決して安くないし、試す手段も限られている。それでも「この画質で撮れる」と思えるだけで、撮影に臨むときの集中力やテンションがまるで違ってくる。「確信を持てる機材を使う」というのは、技術や知識だけでは得られない安心感をもたらしてくれる。
今はまだ、購入という決断には至っていない。でも、確実に「欲しい気持ち」は育っているし、自分にとっての写真との向き合い方が、また少しずつ変わり始めているように思う。
この記事は、そんな変化の記録でもある。今後もし実際に手にしたときには、その時の感動や発見もきっとまた書きたくなるだろう。その日を楽しみにしながら、もうしばらく悩み続けようと思う。
ミラーレスデジタルカメラ「FUJIFILM GFX100 II」新発売 | 富士フイルム [日本]
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